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2010年6月

2010年6月11日 (金)

「自閉症」の子どもたちと考えてきたこと

 「自閉症」の子どもたちと考えてきたこと 、という本に出会う。作者の佐藤幹夫 さんは、養護学校の先生を長年されていた、ということで、その経験から得た内容で、私のように「自閉症」の子を持つ親の感覚にすごくフィットする。
 何故「自閉症」の子供はこんな行動をしてしまうのか?という疑問に長年子供たちと接してきた経験から、それはこういう理由なんじゃないか?とわかりやすく答えてくれる。もちろん、ほとんどの子たちが言葉をあまり持たないので、その子に聞いてみたわけではない。でも、こう考えると納得がいく、というのが、私にもすごく共感が持てるのだ。
 例えば、常同行動やこだわりはどういうことで起こるのか?それは、ものすごく緊張しているか、逆にものすごく弛緩している(暇をもてあましている)時のどっちかだ、と言う。そう思ってよークンを見ていたら、以前はよく、側溝などに石をひたすら落とす(彼の常同行動)のが大好きだったのだけど、最近はあまりしなくなっていた。だけど、4月に入って急に朝、園からお迎えの車が来るのだが、その車に乗る前にまたそれをするようになった。そういうのを見ると何だか成長していたのが、逆戻りしたように感じてちょっと不安になるのだが…。だけど、私と一緒に親子通園する時はそれをしないということに気づいた。てことは、やっぱり一人で行く時は、緊張があるのだろうか?すんなり車に乗っているように見えて実はそういうことで表現しているのかな?と。そう思うと何だ!すごく彼なりに頑張っているんだ!と思えて何だかいじましく思えてくる。4月に入って色んなことが変わった。クラスが変って一緒に過ごすメンバーが変わり、先生も変わった。靴箱や荷物を置く場所もマークも変わった。そういう変化に対応すぐ適応できるかな?と心配したけど、割とすぐ慣れたみたいでびっくりしたんだけど、実は平気になったのではなく、そういう行動をすることで自分で自分の気持を落ち着けているのかな…と思う。以前ならギャーっと泣き叫んでいたけど、表現が変わったのだ。これはあくまでも、私の勝手な解釈だけど。

 佐藤さんは、そういう行動についてこう解釈している。誰だって普通の人だって緊張したり、暇なときにしてしまうクセがある。思わず爪を噛んじゃったり、貧乏ゆすりしたり。「自閉症」の子は予定外の行動が苦手だけど、普通の人だって急な予定変更にイライラしてしまうことがある、と。そういうのが極まった行動になってしまうのが、こだわりや常同行動なのではないか?そもそも、障害者と普通の人とは全く別の生き物なのではなく、ひと続きの同じ線上にいるのではないか、ということを書いている。私も、というか障害のある人を家族に持つ人はだいたいそう思うと思うんだけど、障害者である前に、もうすでにただの一人の人間なんだよね。でも、どうしても障害者と接する機会がない生活を送っていると、ああ、大変な人なんだ…と思ってしまう。自分だってそう、子供に障害があるとわかるまでわからなかった。自分の子供以外の障害者と接するのは内心怖いと思ってた。

 それって、普通に子供がいる人といない人の間にもそういう溝(大げさに言えば)のようなものがある。子供ができると独身の友達からはやっぱり「大変ね〜」なんて言われるし。大して大変でもないんだけどね。そりゃ大変なこともあるけど、そのぶん楽しいこともいっぱいある。そんなものだ。だけど、子供を持ってみないと絶対にわからない。想像はできるけど。(独身には独身の大変さがある!)
 だから、私も障害のある子を育てているけど、そりゃ大変なことはある。だけど、それを不幸だと思ったことはないし、楽しいこともあって、正直面白いと思うこともある。人間の多様さを垣間見れるというか、みんな自分と同じものを見てると思ってるけど、本当に人それぞれ世界の見え方は違うんだな…と思い知らされることとか。

 話がそれて来た気がするけど、そういう障害のある子を持つ親の気持ちがよくわかっていらっしゃるようで、めったなことは書けないぞ、とわかってすごく慎重に言葉を選んで書かれている。だから、今まで読んだ自閉症についての本の中では結構画期的な感じがした。それはまた最後の方でその理由がわかるのだけど…。

 最初の方に書かれている、障害者と老人や赤ちゃんと何が違うのか?という問いに全てがこめられている。家族の中に自然に障害のある人がいるように、社会の中にも自然にいて当たり前の世の中になればいいな、と思う。それが一番の支援じゃないかな。

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2010年6月 6日 (日)

激安 iPod nano をポチった!

初代のiPod nanoが壊れてからドライブ時に初代iPod shuffle(1GB)をだましだまし使ってきたけど、挙動がおかしくなってきたし、何より車中で選曲できないのは不便。

9月に新しいのが出てから考えるか〜と思っていたけど、今日Appleストアの整備済製品で最新の第5世代iPod nano 8G がなんと9,800だったので、おれんじと相談の結果、お互い五千円ずつ出す事で合意。

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本当はイエローかオレンジが欲しかったけど無くって、パープルかブルーでアニジャに選ばせたら「ムラサキ!」と即答。濃いブルー系の紫色なので、なかなか良いかも。

(text by ばたー)

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2010年6月 2日 (水)

「彼女の名はサビーヌ」

 パトリス・ルコントが監督した「仕立て屋の恋 」の女優サンドリーヌ・ボネール、彼女の妹さんは自閉症なのだそうだ。彼女がその妹さんをテーマに映画を撮った「彼女の名はサビーヌ 」。
 予告編やポスターなどで登場するサビーヌさんは、さすが女優さんの妹だな、と思わせるほど美しく魅力的な女性だ。だが映画ではその美しい頃と現在の彼女のギャップに衝撃を受けることになる。現在の彼女は、体重も増え、会話も心もとない状態。精神的にも不安定なように見える。家族と離れて施設に入った後、今のような状態になってしまったそうだ。
 映画は静かなサビーヌの日常と若くていきいきとしていた頃のビデオ映像を交互に映し出す。どうしてこうなっちゃったの?あの頃の彼女はどこへ?と思いがちだけど、じっと見ているとそうじゃない。今の彼女もサビーヌなのだ。お姉さんとずっと一緒にいたい、とか自分の好きな色の服を買ったりとか、見た目はぼんやりしているように見えるけど、ちゃんと自分の意志があってちゃんとそれを伝えることができる。

 監督はやはり、有名な女優である立場上、最初は妹のことは公表していなかったらしい。それは、家族にとって彼女の存在はとても自然なものだけど、他の人の目にはとても重いものとして映るから…ということを特典映像の中のインタビューで語っている。ほんとそうなんだよね。うちのよークンだって自閉症だろうがなんだろうがよークンであることに違いない。ある日「自閉症ですよ」って言われて、そうだったんだ…と思う。だからってその日から違う人間になるわけじゃない。でも、人に「うちの子自閉症で…」って話したりすると、やっぱりその反応はとても重いものになる。ま、どういうものなのかわからないから、そうなっちゃうんだけどね。

 (ここからネタバレです)ここだけ、意図的に演出したと監督が言っていたラストには、じんわりとした感動を覚える。監督はサビーヌさんにその、若い頃のビデオを見せるのだ。彼女は涙を流しながら見続ける。彼女が何を思ったか?わからないけど、その頃のそばに家族たちがいて、楽しかった思い出がよみがえったのか?彼女の家は大家族だったが、一人一人独立して行き、お兄さんが亡くなった頃から、彼女の精神状態は良くない方向へ向かったらしい…。自閉症者は変化に弱い。信頼できる人が次々と離れていったら、やはり不安定になってもしょうがない。

 障害のある子を持つ親は皆考える、自分がいなくなった後、この子は?できる限りのことはしようとは思っているが、どうなるかわからない。だけど、もし独りぼっちになってしまったとしても、その時、私たちと過ごした日々を楽しかった記憶として持っていてほしいな…と思う。この映画で彼女の涙を見て、それで間違いはないんじゃないかな、と思えた。

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